しかし番組を見て、人吉市に行けばすぐにでもヤマセミに出遭えるという勘違いや、朝から晩まで街中を飛び交っているらしいとの誤解も生じている様なので、今日は少しメイキング・苦労話などを交えながら「ヤマセミの実態や今回の収録はそう簡単ではなかったのだ」というあたりをお伝えしようと思う。
今回の番組の主旨は、番組の中でも紹介されていた以前の「ダーウィンが来た!」等で放送された人里離れた北海道の千歳川のそれとは大きく違うのだ。相当時間を掛けて、至近距離からヤマセミの生態に迫る大がかりな収録態勢でのスタイルとは今回の「ニッポンの里山」は全然違う。
球磨川という水量も流速も第一級の河川でありながら、人口3万人を超える人吉市という街のど真ん中を流れ、国交省が毎年ランク付けする国内で2年連続最高レベル水質に評価された清流の話なのだ。川幅の狭い千歳川と異なり、最大幅200mもの川幅一杯にヤマセミが飛び回るという意味で随分環境が違う。
その球磨川に棲む魚(鮎)とそれを餌にするヤマセミ、並びに鮎漁をする川魚漁師が共に共存・共創している様を10分間という短い間に紹介するというモノ。ダーウィンが来た!とはある意味真逆の環境なのだ。
勿論「ニッポンの里山」は、たった10分間という短い時間なので、当然ヤマセミという野鳥に関して深く突っ込んでの説明は出来ない。
したがってフェンスの柵に二羽並んで尻尾を上げ鳴いているのは一体どういう状態で、何をしているの所なのかなどと言う解説は一切していない。ただ、こんな街中の人工物に来るんだよ!程度のノリで軽く流している。漁師の網掛けの竿の説明も、ただ漁の期間が終えてもヤマセミの為に残された漁師の竿に・・・で済ませている。
取材においてのサポートでも筆者はそれを十分理解し、人吉市周辺・それも街中で確実にヤマセミに出遭える場所、しかもプロのカメラマンが車から出て、確実に三脚を立ててVTR撮影収録できる所のみを案内をしている。車の中から出た途端にヤマセミが飛び去ってしまう様な状況では収録が出来ないからだ。支流のようにヤマセミとの距離が球磨川本流の三分の一以下の距離の場所は案内しなかった。
しかも、終日ヤマセミを目視できる場所と言えば、ほんの数か所だし、それ以外の場所では早朝にしか出遭えないという条件を考えた時、逆に言えば今回の少ない収録日程で、良くこれだけの映像を撮れたと言って良いだろう。
実質、放送された10分程度の中で映像としてカメラマンがとらえているヤマセミは、フェンスのヤマセミ2羽つがいで1日、赤い橋の架線に留まる2羽で1日、橋脚からダイブの採餌シーンで1日、漁師の竹竿シーンで1日合計でも延べ4日は費やしている。勿論関連映像はその数倍の尺を収録はしている。
それにその個体は実は殆ど同じ縄張りの同じ個体なのだ。つまりヤマセミという野鳥は其れだけ出遭い難いという事なのだ。
番組冒頭の筆者の手持ち3シーン(実際は8シーン撮った、しかし筆者が未熟ゆえ画像が揺れて使い物にならない)は30分の間にすべて収録できた。これはあくまで撮影者が単独であったのと、過去の経験値から時間と場所を予測していた事に加え、相手(=ヤマセミ)も長年の度重なる対面で撮影者の事を認識していたため、警戒心が薄かったからこそ効率良く撮れただけの話。
くれぐれも、素晴らしいNHKさんの番組をご覧になって、いとも簡単に撮影出来てまとめられているなどとは思わないで頂きたい。たった10分の中身は、熱心なディレクター氏が仕事で4回も5回も人吉市を訪れ、プライベートな帰省時にすら人吉市まで足を延ばして制作努力を惜しまなかったからこその成果なのだ。
鮎漁師さん宅で真夏のある日、詳細に事前調査をした後・・。
後日、その漁師さん宅の私有地内からプロカメラマンがVTR撮影した画像がフェンスの2羽。これはもともと地元の辻先生が発見、開拓したヤマセミを観察できる場所だが、必ず毎日来るとは限らないので、NHKさんも実は相当幸運だったのだ。※画像はその辻先生が撮影した画像。
やきもきする天候とスケジュールの調整はストレスがたまる一方だったと思う。交通費、滞在費などと予算の関係を考えながら製作を進めるなど、筆者にはとても出来ない。
とにもかくにも、今回の放送は「ニッポンの里山」の過去の放送の中でも群を抜いて内容の濃い放送だったと思う。「里山」だからと無農薬の自然な田んぼにタガメやゲンゴロウが居たり、清流にオオサンショウウオが居たりする放送に見飽きた視聴者に、新しい感動を与えたのは間違いないだろうと思う。
とにかく聴取者からの要請が少ないと再放送はなかなか難しい様だ。